【感想】小説「魔術士オーフェンはぐれ旅 女神未来(上)」

魔術士オーフェンはぐれ旅 女神未来(上)【ドラマCD付 初回限定版】

以下の感想にはネタバレ、考察を含みます。

今回は通常版と限定版の同時発売。自分が限定版を買うにしても、やはりこのほうがいいなあと思います。
表紙イラスト、オーロラサークルがカッコ良過ぎる…! 文字通りのオーロラの輝き、円弧を描く鍔に文様入りの握り、そして黒い刀身…これをデザインしたのが魔王スウェーデンボリーなのかと考えると滾ります。良いですね。

いまさらですが、登場人物紹介はもっと掲載人物を増やしてもよいのではないかと思いました。全員がイラスト付きでなくてもいいでしょうし。勢力図というにしても、前巻で破れたリベレータなどがすでに省かれているのが惜しい気がします。

いつの間にやらオーフェンは校長職に復職したようです。今回のふたつの壊滅災害に対処する、という大統領邸との約束は果たされたからでしょうか。
「紐付き」については、これまでは魔術学校は市議会に監視されていたわけですが、それが大統領邸に変わったということでしょうか。市議会の監視は受け入れないと宣言してありますし。

市長抹殺を進言するエドに対し、オーフェンは大統領邸の態度やカーロッタさえ始末すれば収まりがつくことを挙げ、意見を退けます。前巻での喧嘩別れの最後も考え直してほしいという訴えかけでしたし、どうもまだ市長のことを見捨てられないようです。
お互い市議会と騎士団という立場にあり、協力したり妥協したり敵対したりしながら、苦汁を嘗めることもあった二十余年かとは思いますが、それでも切り捨て難いものがあるのだと思います。オーフェンにとってそのひとつが「キエサルヒマの終端」でサルアと語ったことなのかなと思います。

市長を気にする一方で、オーフェンは開拓村が都市の奴隷となることも回避したい様子。そこまで背負うのかと呆れられますが、オーフェンは“開拓村のことまで考えつかないようでは、とっくに見限られていただろう”と答えます。魔術士として権威を持ち、ひとりで大陸を征服できる力があるからこそ、彼は魔術士以外にも配慮しなければなりません。彼が魔術士の利権のみを考えるようでは、それ以外の層にとっては危険な存在でしょう。オーフェンは己が何者も支配しない姿勢を示し続けなければなりません。
ただ、ローグタウンにある開拓者の墓のことを思い出すと、オーフェンが開拓村のことを気にかけるのは、それだけではないようにも思えます。開拓村寄りのキルスタンウッズがオーフェンの協力要請に答えたのも、理由のひとつには彼が政治的な意味合い以上に開拓村のことを考えているからなのかもしれません。

もうひとつ。「鋏の託宣」において、市長が“市が壊滅し、復旧しようにも魔術士からの協力を得られず失職となる”状況だということは分かったのですが、ドロシーが彼を市長職から退けたい理由までは分かっていませんでした。
その理由が、先述の「オーフェンは開拓村のことも考えなければいけない」、これと同じことなのかなと思いました。もはやサルアにとっては市と市民が第一で、開拓村など他のことを考えられなくなっているのかな、と(そういえば、「鋏の託宣」では「革命闘士打倒を掲げて開拓地を占領する」とか言ってましたね…)。
市民を第一に考えてくれる市長だからこそ、市民はついていくのかもしれませんが。

はぐれ者が必要だという話で、オーフェンが「俺が動きたいところだったが、この部屋にもどされちまった」と言いますが、この人ははぐれることが出来れば自分でやるつもりだったんだと改めて怖くなりました。「と、魔王は考える」時点で、カーロッタと刺し違えるつもりではないかと周囲に懸念されるほどの兆しはあったわけですが。
今のオーフェンがはぐれ者の暗殺者としてことを片付けるのは、超人が世界を救うことに近いような気もします。それでも英雄になれるわけではないし、なるつもりもないようですが。

エッジがマヨールをはぐれの暗殺者に仕立てることに反発するのは、数少ない友人だからだというだけではないだろうと思います。彼女はその結果として魔王となった父親の孤独を感じていたわけですから。
「許せない」と断じるエッジに、そういえば、オーフェンが当事者だったとき、そんなふうに怒ってくれる人はいなかったな…と、切ないような、嬉しいような気持ちになりました(当時のクリーオウがあの状態でなければ彼女が怒っていたのかもしれませんが)。

そして任命を受けたエッジはラチェット達の救出に乗り出すのですが。
彼女は魔王術を使えないため、ヴァンパイアを相手にすることが本分の魔術戦士としては、いまいち実績を積めていません。そのせいか、だいぶ自己評価が下がってきているようです。このへんはブランクを経て、自己評価を下げていたかつてのオーフェンを彷彿とさせます(読み手としてはにやにやしてしまいまうのですが、エッジはそんなところが似ても嬉しくないでしょうね…)。
ただ、ラッツベインが魔王術を使うにはエッジの制御力による補助が必要ですし、マヨールの空間支配があれほど飛躍したのは「約束の地で」にてエッジが彼の構成を指摘したからでもあると思います。実際、エッジの魔術制御の能力は強いだけでなく自在だと評価されていました(制御が優れているという点も父親似ですね。オーフェンも火力については突出していたわけではないですし)。
力不足を噛みしめながらも、前進しようとするエッジは以前よりいくらか柔軟になったように感じます。彼女は他者に見せるツンケンとした姿勢とは裏腹に、優しい性格をしていて、健気に頑張ろうとしているのもよく伝わってくるので、報われてほしいと応援したくなります。

マルカジットの登場。書影が発表されたときには誰なんだと困惑したものでしたが。まさかの合成人間。読む前は女神かとも思っていましたが、本人の言葉を疑うにしても、女神だとしたらラチェットの態度はもっと違うものになりそうです。
それにしても、このマルカジットの登場はあまりに唐突で、上滑るような感覚がありました。登場人物にとって唐突なのはともかくとして、読者にとっても唐突過ぎるというか。それはそれでもいいんですが、どうもこの展開についていけない感があるというか。その現出の都合の良さについて、マルカジット本人が言及するところが、妙に言い訳がましいというか。うーん、うまく説明できません…。

マルカジットはなかなか話が通じず、ストレスを感じさせるキャラクターです。それを狙っていることを踏まえたうえで、苦手なタイプです。
そして、マルカジットの父親発言についにキレたエッジ。相手の攻撃を無視して、痛烈な一撃を打ち込む。師である父が教えたことなのか、自身で辿り着いたことなのか…。決戦能力を一端でも受け継いだ証拠を見たような気がして、ぐっときました。苛立たされていたマルカジットに一矢報いることができて、すかっとしたのもあります。
まあ、別のピンチに陥ってしまいましたが。後の話によればまだ無事なようです。出立するエッジにベイジットが言ったように、彼女がエッジを助けることになるのでしょうか。

カーロッタの来訪。今回どうしても惜しい気がしてならない場面です。「原大陸開戦」から引っ張ってきたオーフェンとカーロッタの対面なのに、いまいち盛り上がりに欠けました。当事者ではないベイジット視点になっているからかと思います。ベイジットが重要な場面を目撃するというのは大事なことなのかもしれませんが、文章は大仰なわりにいまいち迫ってきませんでした。
個人的にはオーフェン視点で読みたかったです。突然の来訪に対する緊迫、シマスに変化がないことへの驚き、焦り、疑惑。そのあたりを押し出した方が、カーロッタによるオーフェンの敗北宣言もよりひやりとしそうで、そういうのを読みたかったなあと思いました。
カーロッタ自身は重要な人物ではないと言いますが、ここまでの流れでは彼女が鍵を握っていたわけですし。「原大陸開戦」ラストでは、オーフェンはカーロッタに怒りを持っていましたから。どうも肩透かし感のある場面になったと感じました。

紛糾したらしい会議を省き、そのまま説明パートに飛んでしまうのもやや退屈です。市長とカーロッタの対面という怖い場面もあったはずなのですが…。
また、ここでクリーオウが出てきたことには違和感がありました。今まで口出しせずに傍観している節があったのに、なぜなんだろうと思いました。本文では「珍しい」だけで流されてしまいましたが。いやもう省いた会議の内容をオーフェンに説明させるために出てきたような気がして、そんな扱いでいいんだろうかと思ったのが正直なところです。
ヴァンパイアはコントロールについては、これまでの話からもオーフェンの言うとおりなのでしょう。あとはカーロッタのトリックを見破る必要があるだけです。
しかし、リベレータの結界による女神到来は確かに回避できたものの、到来の可能性がなくなったわけではないと思うのですが、それでも騎士団は無用な存在になったのでしょうか。
また、カーロッタは市長夫人殺害や市長殺害未遂の首謀者なんですが、すんなり帰して良かったのか…。あれだけの面子を揃えての会議ですから、そのあたりの言及もあったのかもしれませんが、とりあえずこちらに開示された話からはよく分かりませんでした。あとで判明するのかもしれないし、まだ私が読み取れていないだけなのかもしれません。

ところで今回のマジク。ほとんど校長と会話しているだけで、なんでなにもしてないんだろう…と、これもまた変な感じでした。もちろん描写されてない部分もあるのでしょうが、(魔術能力が失われているとはいえ)ほかにやること・できることは山積みなんじゃないかと思ってしまいました。
会話の内容も今さらのように感じました。ゴールへの遠さ、状況の複雑さ、そんな話の繰り返しで。校長と一緒になってなにをぐずぐずお喋りしてるんだろうと思いました。目先のことだけでなく、もっと遠くのことも考えておきたいと言う校長がぐずぐずしているのはまだしも。
まだそんな無垢が通るかという返しは、エッジみたいな若者を送り出したあとにはあまり言ってほしくなかったです。そのあたりはもっと前の段階で意識しておいてほしかったように思いました。

マヨールとイシリーンのラブくさ。もう君たちがスィートハート姓を継いだらいいんじゃないかと思いました。

マヨール達が安全を求めた先、キルスタンウッズの戦線が語られます。
ケリー、すごくいいキャラクターですね。どうやらキース本人ではなかったようですが、彼の弟子である可能性が出てきて、これはこれでテンション上がりました。
ケリーはデレのないツンクール系というか。師のことを敬ってはいるようですが、泣きながら地団駄を踏む師を慰めることはしない気がします。そもそも地団駄を踏ませたのがケリーでしょうし。…なんだか可愛い師弟ですね。

強力な魔術士であり、拳銃も使いこなすケリー。キルスタンウッズはならず者の集まり。相手の方が格上だろうと、奇襲を掛け、なりふり構わず勝ちを掴もうとします。それこそ負ければ終わり、開拓村の者を守れませんから、その様からも彼らの革命闘士との長年の戦いを感じさせます。
黒薔薇の館は村はずれにあり、さらに館の庭にはギャングの墓――ローグタウンの村はずれに居を構え、開拓者の墓を見守るオーフェンを彷彿とさせます。ボニーが意識したことなのか、偶然なのか、いずれにせよ意味があることのように思えます。
ギャングと恐れられるキルスタンウッズは、ヴァンパイア抹殺という裏仕事を続けていた騎士団と似ている部分もあるのかもしれません(大部分は「都市に引きこもった魔術士」とケリーに切り捨てられてしまいましたが)。

ボニーの「ちょっと世の中が混乱しそうだからって、大抵の人には関係ないのにね」という台詞は当事者意識が薄いようにも思えますが、村人を受け入れて自分の組織を全滅させてまで守り抜いてるあたり、闘争に非戦闘員が巻き込まれることについては思うところがあるのかもしれません。キルスタンウッズはどんな出自の者も受け入れる組織ですし。
愛の村の人達を少し思い出しました。開拓村はその厳しい環境からか、人との繋がりや縁が大事にされているように感じました。
ボニーの態度はふわふわしていて真意は掴めませんが、彼女に仕えているケリーは、革命闘士との長年の戦いを「小競り合い」と称したマヨールに侮蔑を向けます。キルスタンウッズは本当に開拓村と近しい存在なのだと思えました。

魔王自身はオーロラサークルを使うことが出来ないという話は、スウェーデンボリーが魔王術は盗めないことと同じ話かと思います。
それにしても、魔王ですら消滅させ得るとは、彼はなぜそんな危険なものを作ったのか…。いや、結界に阻まれた状態で、召還機の動作を利用して生成できるのはあれしかなかったということなのでしょうが。ケシオンの復讐心に対して、「それくらいはいいだろう」という軽いノリで出来たものがそれなのかと思うと、改めて魔王ってなに考えてるのか分からないな…としみじみした気持ちになりました。

マルカジットが「自分が代わりにやってあげる」と言いながら、マヨール当人を連れていこうとするのはなぜか。単独で乗り込むのではいけないのか。このあたりはオーフェンを連れて行こうとする最接近領の領主アルマゲストを思い出しました。
アルマゲストは合成人間について「必要とあらば死ねる」便利な存在だと言いました。いま思えばこれは「必要とあらば殺す者」とセットの存在なのでしょうか。対、というのはまた違うような気がするのですが…。
必要とあらば死ねる存在だけでは、打ち勝っても前に進むことはできません。必要な犠牲を払って前に進むこと、それができる者もいなければならないのです。合成人間はそういった相手を探しているのでしょうか。
マルカジットの言う「もうひとりのはぐれ者」はベイジットだろうと思っています。オーフェンは三年前にマヨールに目を付け、そして「鋏の託宣」ではベイジットにも目を向けました。マルカジットのはぐれ者選出はオーフェンのあとを辿っているような気がしました。

そして黒薔薇館の襲撃。ケリーの超然とした戦いぶりはいっそ気持ちよいくらいでした。迷いのなさが強さに繋がる、その体現のようです。
しかし、これでキルスタンウッズは終わりだという彼の言葉には切なくもなります。これから開拓村の状況が厳しくなりかねない情勢で、長く開拓村とともにあったキルスタンウッズには踏ん張ってもらいたいところです。
ボニーの泣いて許されることではないという態度に、部下に特攻を命じる立場の、つまり力を使う者の、責任が見えるような気がしました。
結果として館にいた楽団員は全滅しますが、戦力の本体はラポワント市やほかの開拓村に出向いていることが書かれています。なんとか立て直していけるのではないかと期待を持ってしまいます。ただ、その復旧を率いる者としてケリーがいないことが非常に残念でならないですが。

黒薔薇館での戦いの終息後、村人たちが墓地を直そうとしている場面が描かれています。ほんの一文ですが、ひどく胸が締め付けられました。館が崩れ、別の場所に避難する必要もあるなかで、決して急務だとは思えない作業です。それを今、なんとか直そうとしている。都市の人間達にギャングと蔑まれていようと、開拓村の人たちにとってキルスタンウッズがどんな存在だったのか、この一文だけで痛いほどに伝わってきます。これまでのことはもちろん、今回の襲撃で村人達を守るために犠牲となった人たちを弔うためにも、墓地を直す必要があるのだと思われます。
ケリーが引き受けた馬車の修理が、都市部や近隣の村から離れた開拓村にとって、どれほどの意味があったのか。ここに言い知れない絆を感じて、どうしようもなく悲しくなりました。
新章に登場する名もない人々については、恐怖や不安、怒りの描写が多かったように思います。だからこそ、なおさらこの墓地を直す場面の悲しみが大切なもののように感じられました。

黒薔薇館を襲撃したヴァンパイアはカーロッタの配下ではありませんでした。ボニーの首を持って行けば、ローグタウンに入れてもらえるのではないかと考えた連中だったのです。そんなことのために楽団員が全滅したのかと思うと、怒りが湧いてくるわけですが…。
ただ、こうして暴走するヴァンパイアがいる、制御下に置けないヴァンパイアがいるという点は、ヴァンパイアのコントロールが完全なものではない証拠になるかと思います。この情報を持ち帰るのはエドですから、これで騎士団の動きを阻害するものがひとつでもなくなればいいなと思いました。

最後に。
今回はキルスタンウッズ関係が熱かったです。いかに面倒くさい状況なのかという説明の繰り返しや、マルカジットのうざい感など、すっきりしない停滞感の続いた前半に対して、衝撃ぜんぶ持っていかれるくらいの熱でした。懐かしい呪文も、ヴァンパイアの理不尽さも、キルスタンウッズと開拓村の絆も、読んでいて揺さぶられる思いでした。とくに墓のくだりはつらかったです。
ページ数にしても既刊と比べて少ない今回でしたが、内容も下拵えといった感じでした。疑問が解消しないままの事柄もあり、正直すっきりしない感もあるのですが、下巻に期待しておくところかと思います。
都合の良すぎる存在の現出、「精算」という言葉の不穏さ、複雑になりすぎた世界、どうなることやら不安ばかりが沸いてきますが、一方で新たな動きを見せている次世代組に期待したいです。もちろん、元祖主人公のオーフェンにも。

【おまけ】
そういえば、出番のなかった魔王スウェーデンボリーは今頃なにをしてるんでしょうか…。単独では世界図塔から出られないかと思いますが。
魔王術で封じることのできない魔王はこのようにして封じられ、彼の件はこれでおしまいってところなのでしょうか。このまま最後まで出てこない展開もありそうです。