【感想】小説「魔術士オーフェンはぐれ旅 鋏の託宣」

魔術士オーフェンはぐれ旅 鋏の託宣【初回限定版】

以下の感想にはネタバレ、考察を含みます。

通常版が羨ましくて仕方ない今回の表紙。アニメイトで購入したので、オーフェンがいる替えカバーもゲッできたのが救いではありますが。限定版の特典に通常版の表紙を追加して欲しいくらいです。小冊子とそれだけでいいんだけどな…と本音。
今回、値の張る限定版が通常版より半月以上はやく出るのは、さすがにちょっとうんざりしたのが正直なところです。限定版を出すなとは言いません。ただ、「続きが気になるから仕方なく限定版…」と無理して買う人も少なくないだろうと思うと、どうにかならないものかな、と。純粋に作品を楽しみたいのに、いらぬことでテンション下げられてもやもやします。
まあ、どんな理由があるかもわからないので、苦言はこれくらいで。

表紙、不敵な笑みを浮かべるオーフェンがカッコイイです。騎士団の長として、学校長として、威厳を保っているときにはできそうにない顔です。「原大陸開戦」小冊子のラフにも、鋭い笑顔のオーフェンの側には「今はもう こういう表情は戦闘中でも滅多にしない気がします」と書かれていますし。しかし、前巻「魔術学校攻防」の口絵もそうでしたが、こういった表情はとてもオーフェンらしくて、心躍ってしまいます。はぐれ者に戻ってオーフェンらしさが出てきたのかな、と。戦うオーフェンが好きだな、と改めて思いました。

本編はいきなり大敵カーロッタの登場で、なん…だと…っていうか、シマス戦じゃない、だと…ってなりました。マジクはのらりくらりとしつつもやる時はやる枯れてる系かと思っていましたが、すっかり荒んでる系でした。サファイアの名前が出てきたりして、三部が気になってしまいます。
カーロッタは相変わらずの余裕と得体の知れない不気味さで、やはり強敵にはこうあってほしいという感じでした。剣腕も衰えていないようですが、あんな人でも日常訓練は欠かさないのだろうか…。
カーロッタの腕に関しては、「約束の地」であった「ヴァンパイア化した腕を切り落として」というくだりで「ヴァンパイア化ってその部分を切り落とせば進行が止まるものなのか…」とやや違和感を覚えていたので、やっぱり止まらないものなのか?と再び首を傾げているしだいです。
かつてヴァンパイア化した際にはカーロッタは「殺してと頼んだ」とあり、一度は諦めたのであろう彼女が再び女神降臨を迎えようと思うに至った経緯が気になります。なにか啓示めいたものでも受けたのでしょうか。
また、そのとき彼女を仕留めていたら、今どうなっていたのだろうか…とも思考えます。ドロシーのいうとおり、《くだらない代わり》が出てくるのでしょうし、オーフェンの言う《理想的な首領》を失うことにもなっていたのでしょう。カーロッタの後釜が、例えばシマスみたいなタイプではシャレになりません。しかし、逆に言えば、あっという間に全面抗争になって、原大陸の力は衰えるも、敵方を殲滅してケリがついていたのかな、とも思ってしまいます。

アイルマンカー結界の発生については、あらすじで分かっていたので、さほど驚きがなかったです。あらすじも避けておくべきであったか、惜しいことをしました…(ネタバレは平気な方なのですが、今回は本文から衝撃を受けたいと思っていました)。
アイルマンカー結界は神人種族でも1000年かかって破れなかった代物で、今さらながら始祖魔術士たちの力に慄きます。後半で、シスターネグリジェがひとりで召喚機を操作するパワーにも驚かされたのですが、しかし、それだけの力があっても神人種族を倒すことはできなかったんだな、と話の規模が大きすぎて目眩がしそうです。魔王術の、引いてはそれを用いて神人デグラジウスを封じたオーフェンの恐ろしさが垣間見えるようです。

つい数時間前までは逮捕されて軟禁状態だったのに、すっかり指揮官に戻っている元校長、元外部顧問のオーフェン。最高指揮官の地位を引き継いだはずのマジクも当然のように彼の指揮下に入ります。かつてマヨールが「有事の際には再びその立場に返り咲くだろう」と言っていましたが、よもや正当な立場ですらなくなっていようとは…あのときはこんな展開になるとは思ってもいませんでした。
前巻でも感じたことですが、エドとクレイリーが組織をまわそうとしていたときはあーだこーだぐだぐだ言っていた魔術戦士達が大人しいのが不思議なものです。いえ、エドがぐだぐだ言っていますが。短編「と、魔王は考える」でもオーフェンを説教していたのは彼でした。外部顧問にぐだぐだ言えるのは彼だけなのでしょうか。まあ、オーフェン相手だと下手に反論しても間髪入れずに否定されそうですが。
それにしても、みんなして『で、どうしたらいい?』ってのもない話ですよね…。これらのメンバーが判断力に劣るということはないのでしょうが、それはおそらく戦闘をする際の話で。団体や組織としての方向付け、方針を決める決断力はないのかもしれないと思いました。これまではオーフェンがすべてを決めて彼らを導いていた、やや強い言葉を使えば、オーフェンの独裁が強かったと言えるのかもしれません。神人種族をも封じる強力な魔術士であればこそ、アクが強い上に個人主義な魔術士が集う組織をまとめることもできたのかもしれません。
マジクも支配者向きではない無能な集まりだと認めていますし――彼のこの発言には、今回の戦いのあと、オーフェンは騎士団には残らないというマジクの見解が含まれています(すでに逮捕された人なので当たり前といえば当たり前なのですが、現場指揮を執っている現状を考えるとふしぎなものです)。
現状、オーフェン一人を失ってうまく機能しない騎士団を思うと、キエサルヒマ大陸魔術士同盟はその厳しい歴史から互助の精神によって成っていたそうですが、独立心の強い魔術士達をまとめていたのですから、やはり歴史があるだけそれなりの組織だったのかなと思えます。キエサルヒマにはヴァンパイアはいませんし、結界が崩壊するまでの近年は勢力も貴族連盟、教会、魔術士と拮抗していて、平穏に停滞していたおかげでもあるでしょうが。
原大陸はまだ歴史も浅く、諸々の問題があって落ち着くには時間がかかりそう――というか、今回の件でまた後退したのでしょうが。しかし、オーフェンがいなくなったからといって何もできないままではいられないでしょうし、いずれは魔術士同盟のような組織もできるのかもしれません。

ところで、マジクやエッジは騎士団には王様がいないと言っていましたが、拠り所としてはやはりオーフェンなのだろうと思います。騎士団や魔術学校が非魔術士からの監視や制限を受けながらも、支配されなかったのはひとえに魔王オーフェンの威光があったから。原大陸での魔術士達の地位を保つために、威厳を持って君臨し続けた彼の存在は、(とくに魔術戦士達には)大きかっただろうと思います。
シマス戦の敗北によって退場せざるを得ない状況ながら、あれこれあって矛先が逸れている状況ですが、果たしてすべてが終わった時、オーフェンの処遇がどうなるのか心配です。すべての権限をなくして引退なんてのは虫のいい話ですか。議員には「今後の自由はない」と言われていましたが。個人的にはゆっくり平穏な生活を送らせてあげたいと思ってしまいます。

「女房に頼んだらどうだ」と言ったら惚気られたでござる。新章でのクリーオウの出番は少ないですが、オーフェンの独白や会話にちらちら出てくるので、すっかり馴染んだ夫婦なんだなとしみじみさせられます。
隊長が言おうとした「そんな使い走りは」というのは「そんな使い走りはお前の懐刀くらいだろう」みたいな感じでしょうか? 噂をすれば影。ラッツベインとエッジに踏まれる隊長、かわいそう(笑)。踏まれたというより踏みにじられたのか…。

マジクの魔王術の代償は魔術能力。当然ながら使用した術の規模に応じて使えなくなる期間が変わるようですが。能力のどこまでを喪失するのかは書かれていません。魔術構成は見えるのか、編めるのか、魔力を注ぐことができないのか。構成が見えるのであれば戦闘での後方支援も望めそうですが、見えないのであれば、戦場に赴くのは厳しそうです。このままいくと、マジクは対カーロッタや対女神の最終決戦を戦場で迎えることはできないのでは…。大丈夫なんでしょうか。
そして、エドとクレイリーの代償はまだ明かされていません(本当なら第3部で明かされているのでしょうけど)。気になります。

キルスタンウッズ開拓団。ボニーの変わりようにびっくりしました。豊満な肉体に真っ赤なルージュですって? しかもブロンド…。ど、どういうことなの。そして、その背後に控えているあなたは誰ですか。――誰ですか。
しかし、ボニーの中身は、(とりあえず酩酊した状態では)昔とさほど変わりないようです。ちょっとほっとしたような、かえって心配になったような。サイアンにもぼんやりしてると言われていたので、素面でもあんなものなのかもしれません。楽団員の緊張はボニーというより執事に対して?
この執事、口調や雰囲気などにやや印象の違いはあるものの、キースだろうと思っています。だって、キャプテン・キースの像、真っ赤ですし。ケリーが登場するまではキースの本来の奇天烈さを物語る色かと思っていたのですが、今では「(彼の雄姿、悼むべき最期は)嘘だ。嘘っていうか、まあ、働きとしては本物だったんだが、なんというか……考えるのがあほらしいよな」というメッセージが聞こえてくるかのようです。真相を知っていそうなオーフェンや大統領邸、市長配下の派遣警察隊あたりの誰かであれば、「正しい権力の使い方」で像を赤くさせることも可能でしょう…。
「ボニーが『黒薔薇の暗黒王』と呼ばれているのは、きっと黒い服を着ているに違いない。喪服だ。彼女は今もかつて自身に仕えていた執事のことを悼んでいるのだ…」などと妄想していた時期が私にもあったんですけどね…。

マジクとコンスタンスの会話。これは今回、ショックを受けた場面のひとつです。「彼ほど反魔術士組織を憎んでいる者はいない。というより非魔術士をもだ。」というコンスタンス視点の地の文。びっくりしました。魔術士社会で育った魔術士と違って、オーフェンやマジクは非魔術士の中で暮らした経験がありますし、他の魔術士達より非魔術士に対して気安そうだな、理解がありそうだなと思っていただけに。
たしかにキエサルヒマ内戦で戦った相手は王都の騎士団で非魔術士ではありますが、マジクが守っていた相手も非魔術士のはずで。むしろカーロッタの言ったとおり、少年だったマジクを凄惨な戦場に送りだしたのは魔術士たる上司なのですが…。
マジクは魔術士にも失望したが、それ以上に非魔術士に失望したと言っていました。全力で戦っても守り切れなかったものはあったと思います。そんなときに酷い罵声でも浴びせられたのかな、と想像します。どうしようもなかったことを責め続けられれば、それも身を切っていない者に責められれば、いずれ苛立ちと怒りは募るかと思います。マジクの魔術の威力を考えれば、畏怖もされたでしょうし。無論、トトカンタを壁にして背後でじっとしていたタフレムの魔術士への怒りもあったかとは思いますが。
そして原大陸に逃れたマジクが見たのは、同じように責められるオーフェンだったのかもしれないと思いました。オーフェンはマジクより上手く処理できていそうですが(いろいろ察してくれる妻もいるし)。
原大陸でのオーフェンは魔術士の筆頭となり、彼らを守る役割も持っています。その配下についてしまえば、マジクのもとまで罵声はとんでこない。少なくとも公然の場ではオーフェンが矢面に立ってくれるはずです。そんな彼の娘の子守りを振られたマジクですから、彼女達に害なそうとする非魔術士に対する憎悪は濃度を増したのかも。そしてサファイアの件もあって…。
――と、妄想が先行してしまいました。妄想はさておき、枯れて温厚そうなマジクが誰よりも強い憎悪を持っているというのは、なかなかショックでした。フィンランディ姉妹との触れ合いで内戦の傷も少しは癒えたのかな…とか思っていただけに、そうではなかったのかと軽く殴られたような気分になりました。
オーフェンは旧友ハーティアのことをマジクに聞こうと思っても、聞けないんでしょうね…。

ドロシーとオーフェン。魔王術者にかかれば、外の警備なんてなんの意味もないことが改めて分かりました。ほいほい魔王術を使えるのはオーフェンくらいですが、それが必要なことなら魔術戦士は使うでしょうし。こうもあっさり要塞内部まで暗殺者に入ってこられるんじゃ、その力は危険視されて当然ですね。
そして、ドロシーが強い。格闘技能はもちろんですが、その精神力が半端ない。オーフェンにさえ覚悟が違うと言わしめる強さ。彼女がいたからこそ開拓計画を押し進めることができたんでしょうね。それにしてもまさか、オーフェンにデグラジウス封印を行わせたのが彼女だったとは…。とんでもないですね。不完全な魔王術なんてオーフェンが失敗して死ぬだけならともかく、周囲を巻き添えにするか、果ては世界を破滅させかねないものであっただろうに。いずれにしろデグラジウスを放っておけば原大陸は壊滅したのでしょうが、それ以上のものを賭けたように思えます…。なるほど、必要ならばすべてを賭けの対象にするというのは冗談でもないようです。今はもうそんな賭け事はできないとは言っていましたが。
彼女の語気は強く、危険な発言もありますが、開拓初期から巣食う病巣を始末しようという原大陸の未来を見据えた志向は清々しくもありました。

ヴィクトール、可愛かったです。前巻で見せたクールなビジネス顔はどこへやら。本当にサイアンのお兄ちゃん(従兄弟)だったんだなとしみじみしました。
オーフェン達がラッツベインがフラれたのフラれてないだの話をしていましたが、あれは告白したというわけではなく、傍目から見てヴィクトールがラッツベインに気がないと分かるような出来事でもあったのかなと思ってます。いくらなんでも実際に告白して玉砕してれば、フラれてないってのはお父さんが言うにしても無理があるでしょう。

マシューの魔王術。敵を埋める作業をしていましたが、あれは魔王術を仕組むには時間がかかってその間は無防備になるから、相手がしばらく仕掛けてこれないように埋めてたんですかね。それにしてもすごい呪文。あれもスウェーデンボリーの声で再生されているのかと思うと、なかなか笑えます。
あと彼の髪が白いのは術の代償である身体衰弱の影響でしょうか。今まで若くて白髪のキャラっていなかったと思うので、珍しいなと思ってたんですが。
しかし、なんだかんだ言って、危機度の高いヴァンパイアを一人で仕留めたのですから、彼もやはり相当な手練れです。

ベイジットの「こんなアタシにゃついていけねーか?」って聞くシーン、すごいなと思いました。教師にも学友にも媚びを売って、嘘をついていたベイジットが、素のまま自分と一緒に来るかと問えるようになるとは。やや考えたもののビィブがついていくと答えたのも、そんな彼女だから信用する気になれたということかもしれません。

ラッツベインとエッジによる市長の護衛。おお、ついに市長が登場――つかの間の喜びでしたが。
銃を手に入れてからラッツベインにどんどん入ってくる情報、「必要になるのは十四秒後」「必要になるのは目を閉じないこと」というのは、銃で撃った際にヴァンパイアが市長を庇う瞬間を見逃すなということでしょうが。ラッツベインが見たものはこのあとオーフェンに報告され、カーロッタ派の画策を見破ることになりました(だからと言ってなにもできませんでしたが)。
うーん、このあたりはラチェットの力が都合が良過ぎる気もしますが、白魔術士といえばそれだけでも強力な魔術士なので、これくらいはできるものなのかな…と、やや違和感を覚えつつも納得しました。姉達の同調術に干渉して制御していたのだから、相当な術者であることは違いないのですが。
オーフェンはラチェットの力に気づいてなかったのか、どうなんでしょう…。これまでは気づいてなかったとしても、結界の内側からいろいろな情報を送ってきたことで気づいたかもしれません。

ジェイコブズはうざいし変態だしでいろいろと度し難いです。しかし、隙はないし、拳銃も使い慣れている。そして本質も分かってるのかもしれません。世界が広すぎるから上手く支配できない、閉じた狭い世界で、頭の痛い問題を抱えることもなく安穏と過ごす。それは結界を縮小し、玄室に閉じこもろうとしたかつての始祖魔術士達と同じ選択なのでしょう。オーフェンにもそれが出来たはずですが、彼は結界を破壊し、世界に苦痛をもたらしました(そうしなければキエサルヒマはオーフェンだけを残してすべて滅んでいたのですが)。さすがに魔王と呼ばれるだけはあります。
個人が突出した力を持ち、それを使用して世界を支配することは許されないことだと言う人も少なくないかもしれません。ただ、ラクなことだろうと思います。ラクだと思うこと自体、人としての尊厳がどーだこーだ言われそうですが。しかし、許す許さないと言うのも虚しいですね。そう言えるのはオーフェンが支配していないからこそで。彼がその気になれば、誰が許さないと言っても意味はありません。

話は戻ってジェイコブズ。彼の役割はカーロッタの始末に失敗した時の作戦実行のようですが。その作戦は原大陸にアイルマンカー結界を張り、それを持って女神を捕えておくこと。そうすればキエサルヒマに残っている貴族共産会は助かります。その役割の見返りとして、結界内での支配者となることを許されている、と。スウェーデンボリーを召喚するつもりなのは貴族共産会は知っていたのでしょうか…スウェーデンボリーと彼だけの計画? いや、召喚機を持って行ったんだから知ってるか…。
それにしても、ジェイコブズは欲望に忠実というか、ひらたくいえば下品ですね。ネグリジェとかコールドフィッシュとか……こんなネタをオーフェンシリーズで、しかもこんなドシリアス、ドシビアなストーリー展開中に読むことになろうとは。
しかし、この下品さ、スウェーデンボリーは嫌悪していたようで、ちょっと笑えました。元盟友のオーフェンは粗暴であっても下品ではなかったですからね…。イザベラとマシューの言い合いなんて、スウェーデンボリーが聞いたらクラクラしそう。まあ、スウェーデンボリーがあの場面で嫌悪したのは単語そのものではなく、そんな単語を選んで名前にするセンスの方なのでしょうが。

サイアンとマヨールの会話。サイアン、賢いですね。聡いし賢い。世界図塔を見ながら考えていることも、材料力学めいたことですし。ラチェットの影響なのか、そもそも類友だったのか…。ふだんはラチェットの暴言とも言える、わけ分かんない言動に悩まされているようですが、それでも慣れもあるのか、ヒヨと同様、他者よりもずっと理解している域にはいそうです。
サイアンのような子と触れあうのもマヨールの成長に繋がるのでしょう。オーフェンはマヨールをキエサルヒマと原大陸とどちらを選ぶか殺し合いをした自分達の世代とは違うと評していました。が、それでもマヨールは魔術士社会で育った人間だったので、いろいろと足りない部分はあったかと思います。原大陸に渡り、魔王の娘や反魔術士勢力と触れ合ったり、ラチェトのような魔術士やサイアンと出会い、魔術士を疎んで離れた妹のことを考えることで、彼は成長したように思えます。

エッジと同調(使い魔症を発症)したラチェットとマヨールの戦闘、なかなか見ものでした。最近は敵が強大なせいで魔術の撃ち合いが多くて、肉弾戦はあまりなかったので。
オーフェンって他の格闘技能者と比べて細身で、スピードはあっても攻撃は軽そうな印象だったんですが、「動きは軽いくせに打撃は重い」と書かれていて、そうだったのか~と今さらながらオーフェンに感心してしまいました。無論オーフェンはエッジより強いでしょうし、マヨールは殴り合いではオーフェンには勝てそうにないですね…。
しかし、「未熟な頃に痛めつけて教育したんでしょ」というのは笑ってしまいました。マヨールは今はオーフェンのことどう思ってるんだろう。母(姉)に振り回されていただろう叔父さんにけっこうな親近感でも抱いているのでしょうか…。

オーフェンが魔術戦士と分かる正装で葬儀に赴く――淡々として静かな場面ですが、とんでもないシーンです。逮捕・拘束され裁判に掛けられておきながら、脱獄した人なのに、誰もそれを咎めない。前巻の戦いによって彼の脱獄は知れていたことなのでしょうが、だからと言って問題ないはずもなく。それだけ市民達の感情の矛先が他所に向かっているということなのでしょう。
オーフェンとクリーオウの挿絵。オーフェンの表情がつらいです。いかにもつらそうじゃないところがつらい。考え事に没頭している、葬儀の後のことを受け入れようともしているようで。胸を刺す感情に呑まれないよう、思考を埋め尽くす作業をしているようです。
この葬儀シーンはとにかく静かで、外では怒号も飛んでいるようですが、どこか遠い音のようです。聖堂内のしめやかな気配が漂っていて。その冷たい空気に落ち着かない気持ちになります。
クリーオウの「怖くなってるんじゃない?」という言葉を、オーフェンは否定します。「カーロッタにはその必要はない」と。そして手首をさすりながら、外に意識を向ける――この手首をさする仕草は、このときオーフェンの感情がささくれ立ったことを示しているようで、ぎくりとします。「そんなことは起こらない」と否定しつつ、起こった場合のことを考えているようで。
また、「カーロッタにはない」という言い回しは、他の者にはあるとも読め、オーフェンが意識を向けたのは外の市民達です。市長夫人殺害が起こるまでは、市民達の憎悪は魔術士達に向かっており、事実、学校も取り囲まれたわけで、クリーオウに危害が加えられるとしたら、むしろ市民達による可能性が高かったのではないかと思えます。
そんな彼らの掌を返したような、無責任な「カーロッタを殺してこい」という声。カーロッタの「無能な味方より敵が好き」という意見、オーフェンは同意するんじゃないかなとも思ってしまいます。そもそも市民は味方ではないですが。
《挿絵ですが、だいぶ老けこんでますね。疲労と心労の影響でしょうか。40代ってもう少し若そうな印象があり、オーフェンは体を鍛えてるし、公衆の面前にも出てた人だから、平均よりさらに若々しくても良いだろうと思っちゃうのですが…。しかし、この哀愁漂う横顔…、鼻梁の細い線、静かな目、たまらんです…すごく良いと思います(´¬`) 》

葬儀シーンの最後、オーフェンはサルアのことを「かつての友人」と表現します。サルアの言葉もどこか寒々しく聞こえ、知らない人間でも見るようなオーフェンの突き放した気配に、初めて読んだ時は冷やりとしました。
サルアとオーフェンの会話、非常に息苦しいです。怒り狂うサルアにオーフェンが淡々と応じる様子が、見ていて気まずくなります。市長の座から下ろすことが出来ていればあるいは、という後悔が痛々しい。
立場のまったく違う彼らが友人であったことが、そもそも不思議なことだったように今では思えます。考えれば、亀裂は最初からありました。外洋へ出るために開拓計画を利用したオーフェンと、キムラック民が生き延びるためにそれに乗ったサルア。お互いの利益が一致した計画ではありましたが、どちらにとっても気持ちのいい選択ではなかっただろうと思います。
教会で共闘した縁、ともに開拓初期を乗り越えた友情はあっても、その後もやはりお互いにとって利になる妥協点を探りながら進んできた二人だったかと思います。一方で、かつてオーフェンは自身の意志を固めるため、サルアに相談をしました。それほど、信頼の篤い相手でもあったはずです。「相反しそうなものの抱き合わせ」というラッツベインの評はなるほどと納得でした。
この世界は現実のように複雑でままならず、読んでいると、喧騒への苛立ち、意見が合わない不快感、圧力を掛けられることへの抵抗感、そういった覆すことのできないものへの不満を、すぐそばにあるもののように感じます。手に取ることのできそうな生々しい感情がそこにあり、それらを引き出す文章は本当にすごいと思います。
サルアの責めはオーフェンにはどうしようもなかった点に及びます。議会が反対派で上回っていたのに、なぜ成さなかったのかと責められるのは読み手としてもきついです。そう責めるなら、せめて議会を賛成多数にまとめるくらいのことはしてみせろよと思わず言い返したくもなりました(カーロッタを理想的な首領と見るオーフェンが賛成多数だからと言って動いたかはまた別の話ですが)。
ここまでオーフェンが反論しなかったのは己の不手際による罪悪感や、愛する妻を失った怒り(悲しみ)をせめて吐き出させてやろうという気持ちもあっただろうし、あるいはサルアが落ち着けばここで縁を切らずにすむという考えがあったのかもしれないと思いました。
けっきょく、ラポワント市民が生き延びるために避けられないこともあり、サルアが戦闘開始を撤回することはありませんでした。この点についてはやはりどうしようもない面があり、また頭が痛くなる部分でした。
オーフェンが最後に訴えたのは力を振るう危険性で、彼がサルアに諭された内容でした。これがすごくつらい。あのときサルアが答えてくれたからこそ、オーフェンは今でもひとりの個人のまま、オーフェンのままでいることができているのだと思います。それを諭してくれた相手が禁忌を犯すというのは苦痛でしょう。一線を踏み越えようとする彼を留めることのできない無力さを感じて、自分を責めたのではないかと想像すると、非常につらいです。

マジクに相談して父親を捜すことになったエッジは「母は怒っていたら父は姉のほうへ先に向かうだろう」と推測します。しかし、オーフェンがサルアと決別したことを思えば、実際はクリーオウのところに行ったかもしれないと思いました。ただ、今さら感傷を引きずる人か、むしろ普段通りに振る舞おうとするかもしれないと思うと、エッジの推測通りの行動をしたかもしれません。娘に見透かされちゃってる父親の図、ちょっと微笑ましいです。
微笑ましいと言えば、エッジがオーフェンと上手く念話できないのがすごく可愛いです。そのファザコンぶりを発揮して和ませてくれた「約束の地で」から3年、就職もして、父への尊敬は変わらずともそろそろ父離れもする頃かな……とか思ってたら、まだまだファザコンだったようです。そんなにお父さんが好きですか。可愛い。

ベイジットと合流して魔王スウェーデンボリーに会いに行くことになるわけですが。スウェーデンボリーに会いたくなくてうろうろしてるオーフェンが可愛いです。そんなに嫌いなのか(笑)。「かなり親しいのは間違いない。友人といってもいい。」と評する相手を、実際にはこれほど憎んでいるのだから面白い人だなと思います。この二人の関係もまた「相反しそうなものの抱き合わせ」のひとつなのだろうと思います。
地下二千メートル……マジクがカーロッタの潜伏地から転移してきた距離(強大化したヴァンパイアで数日かかる)を考えると、距離だけなら大したものではないように思えます。実際は地層という障害物で囲まれた二千メートル先に位置するわけで、これまたとんでもないところに魔王を埋めたものです。しかも空気もすぐに使い尽すような密室。わざわざそんなところに埋めたのかと、変な方向に感心してしまいます。
暗闇でのスウェーデンボリーは相変わらずでした。ベイジットへの誘い文句は、どストレートに甘々で、こ、こいつ…ってなりました。悪魔は人間を誘惑するために天使よりも美しいと言いますが、まさにそんな感じ。ベイジットにはあっさり断られてしまいましたが。「愛してくれ」と言いながら「君の拙い魔術でも」と言うのもどうなんだ。この魔王はけっきょく人間の気持ちを理解できてないのかなと感じた台詞でした。
この時点からスウェーデンボリーは「オーフェン」という名を口にします。これまではオーフェンのことは「盟友」と表現し、名を口にしたことはありませんでした。呼ぶときは「君」でしたし。ジェイコブズを新しい盟友としたからでしょうか。しかし、今回はオーフェン自身に呼びかけなかったので、オーフェンのことをなんと呼ぶのかは少し気になりました。スウェーデンボリーにとって、人の名前は区別をつける記号に過ぎず、「盟友」という呼び名の方が親しい証拠なのかなとも思いました。
光る花を生み出すシーン…すごくいいですね。とても綺麗で好きなシーンです。水仙ってところはやや皮肉ですが。この魔王はどこまで外の出来事を把握しているのか。
無音の闇に咲いた花が放つ仄かな光、その光に微笑む魔王の思うところは伺い知れません。「気が紛れる」という言葉どおりなら、不死とはいえ、人と同じ身体をしている魔王にとって、闇は退屈で苦痛なものだったのでしょうか。「優しい気持ちになるのは大事なことだ」という台詞は意味深です。エッジに感謝しながら目を閉じる瞬間まで。スウェーデンボリーがなにを思っていたのか、興味深いところです。
あとに控えた計画のことを考えれば、オーフェンとの別離の儀式だったのだろうかと思わなくもないです。このときには彼は巨人種族を見捨てるつもりでいたわけですから。最後の憐憫か、憎まれつつも二十年をともに過ごした旧友への情かな…と思うと、やや切なくなったりもします。
しかしまあ、肝心のオーフェンとの会話はそっけなかったんで、べつにそんなセンチメンタルな話じゃないんじゃない?とも思うわけですが。光を灯して、オーフェンのほうを見たわけでもないですしね…。それでも、心に残るシーンだったので、なにかしら深い意味が欲しいなと思ってしまいます。

オーフェンとベイジットの会話。闇よりもなお暗く描写されているオーフェンが印象的です。世界の破滅に身を馴染ませたはぐれ者。カーロッタと同じだと語ります。違う点は、カーロッタは破滅を招こうとし、オーフェンは破滅を遠ざけようとしているところでしょうか(オーフェンは内心では世界は滅べばいいと思っているようですが)。
破滅を遠ざけるにしても、世界は変わらざるを得ないというのがオーフェンの思うところなのでしょう。変化を拒絶することは死と同じことだと。破滅するまで世界をどう支えていくか、どう付き合っていくか、そんな感じなのかなと思います。めまぐるしい変化に疲れそうな世界だなとも思います。人が変わらない平穏を求めるのも仕方ないよな、と。
ベイジットにはまだ先の長い話だったろうと思いますが、彼女はオーフェンの話についてこれるだけの成長をしたんだなと思いました。そしてそれを誰かに伝えようとまで考えたことには驚かされもしました。兄の名前が出てきて温かい気持ちにもなりました。彼女はこのさき兄と会うことを拒んだりはしないのだなと安心しました。ビィブがいる今、ベイジットがキエサルヒマに帰ることはないだろうと思いますが…話し合うことができるのなら、大丈夫だろうと思えます。
最初に読んだとき、ここでベイジットは革命のことを考え直したのかと思ったのですが、べつにそうではないですね…。本当に必要かどうかはこれから考えていくことなのかもしれません。

オーフェンが後継者を育てなかったのは、あえてのことで、ひとりで世界を肩に負うような人間はもういらないと考えているんだろうと想像しています。超人は世界を救わないと考えていたオーフェンが現状、世界を支える存在になっていることは、なかなか皮肉なものです。オーフェン自身はひとりの人間であるよう、様々な圧力を甘んじて受けていますが。それでも魔王と呼ばれるほどの存在であることは確かです。
みなで支えられない世界なら破滅するのも仕方ない、オーフェンはそう考えているような気もして、やはり神ではなく、魔王なのだなと感じます。

イザベラの最期。これもショックを受けた出来事のひとつです。ただ、彼女の場合、聖域での戦いからずっと一人で怒っていたのかと思うと、彼女はやっと満足して、解放されるのかと安堵の気持ちもありました。拳を振り上げたまま、殴る相手も見つけられずにいたのかと思うと、苦しい人生だったろうと思うわけです。本当にお疲れ様でしたという気持ちになりました。
イシリーンのような娘も持てて、いじって遊べる生徒もいて、彼らが幸福な夫婦になる未来を願うこともできて、彼女の言うように、嘆くことはない最期だったのかなと思います。
マヨールとイシリーンが彼女の最期を見守り、言葉もなく、手を握り締めあったのが印象的でした。

第二世界図塔での戦い。マヨールが意地を見せた、と思いました。魔王術は使えない、世界樹の紋章の剣も奪われた、妹のような嘘も付けない。そんな彼はここで自分にできることと、他人に助けてもらう必要があることを理解していたと思います。
新世代を見ていてよく感じる部分でもあります。ラチェットは様々なことを思いつくけど、自分ではできないのでヒヨやサイアンを頼る。ラッツベインとエッジも二人で協力してやっと魔王術を仕組む。一人では完全ではないけど、誰かと組んでなにかを成すことができる。共闘というだけなら1,2部にもあったことですが、それとはまた違う繋がりを感じます。
ラチェットやイザベラに託されたマヨールには、聖域でのオーフェンほどの強さがあったのだろうとも思います。打ち勝つ強さが。

アイルマンカーの力は絶大ですね。大量の犠牲(それも唯人ではなく相応の術者)を要する召喚機を、邪魔されながらも作動させるパワーは呆気にとられるほどでした。
そしてスウェーデンボリーの召喚、まさかの光る花を携えての登場に痺れました。感動も冷めぬうちにあっさりと踏み潰されてしまいましたが…。しかし、あの花については「優しい気持ちになることは大事だ」と言っていたので、踏み潰す行為はひとつの区切りというか、合図のようにも思えました。あの瞬間、それまでは「計画」だった、ジェイコブズを修復に使用し、オーフェンから力を奪い返し、そして巨人種族を見捨てる筋書きまでが、あとは実行するだけの作業となったのかな、と。
ジェイコブズの最期はわりと呆気ないというか、悪党らしい最期でした。マヨールに告げた言葉は彼が辿り着いたひとつの答えだなと思いました。欲望に忠実で、それでいて一番現実感のありそうな、小さな夢。そこにしがみつくことができれば、確かにラクだろうなあと思います。
そしてジェイコブズを見向きもしないスウェーデンボリーの冷たさ。冷たいという表現も合わないような、どうでもいいという感じですね。彼はジェイコブズにはまったく関心がない様子でした。「盟友」という位置付けもシスターの修復に使うと決めた時点で、ないことになってたんだろうと思います。
ところでここでスウェーデンボリーが「わたしが《再び》巨人種族を見捨てようとしているのが、まだ分かってないかな」と言いますが、再び? 一度目はいつのことなんでしょうか…。

召喚機が動くタイミング、つまり結界内部と外部が繋がる瞬間、オーフェンがそれを利用して内部に力を送ってきました。オーロラサークルは召喚機を単独で動かすアイルマンカーすらもあっけなく撃ち滅ぼしました。これが魔王がケシオンに与えた力だったのかと思うと改めて恐ろしいです。

灰が降るシーンはかつて砂が降っていた光景を彷彿とさせます。女神の降臨は近いのだという緊張感が漂います。第三部が書かれていないせいか、そもそもこういうものなのか、カーロッタの真意はなかなか計れません。連れてきた強度のヴァンパイア達をなにに利用するのか、不吉な気分にさせられます。
召喚機の中に取り残されたスウェーデンボリーがどうなるのかも気になるところです。
カーロッタはすでに村まで来ていますが、オーフェンは学校にいるのか、結界の近くまで来ているのでしょうか。学校にいたとしてもローグタウンまで転移することは彼にとっては難しいことではないと思いますが…。
そして、カーロッタのいう「憎き仇敵」と「(珍奇な)友情」もまた、「相反しそうなものの抱き合わせ」ですね。

最後にそういえば、ですが。「解放者の戦場」時点ではスウェーデンボリーがどうやってオーフェンのところに現れたのか疑問だったのですが、偽造天人が完成したのがあのタイミングだったのかと今では推測できます。その魔術を利用し、オーフェンのところまで転移してきたのかな、と。通常魔術なので疑似空間転移でしょうが、スウェーデンボリーならば壁抜けも長距離移動もこなしそうです。
それでも「君が召喚したのかもしれない」と言うスウェーデンボリーはなかなか意地悪というか、演出家ですね。

読む前は「鋏の託宣」というタイトルから、スウェーデンボリーがなにかをしでかすのかと思っていましたが(いや、しでかしましたが)、それ以上に、今回の別離を表したタイトルだったのかなと思いました。切り離されて別れなければならない存在と最後にかわす言葉のような、そんな印象を受けました。
しかし、あくまで「託宣」という言葉ですから、カーロッタの最後の台詞が一番大きいのだろうとは思います。
作中とくに印象に残った言葉は、
・「あなたは生涯、怒る相手を探し続ける。失うっていうのはそういうこと」(イザベラ)
・「それでもね……これで、気が紛れるよ。優しい気持ちになるのは大事なことだ」(スウェーデンボリー)
・「魔王術なんてものに誰よりも精通した俺の、最後の責任だ」(オーフェン)
台詞以外の部分だと「暗い面持ちで、オーフェンはかつての友人を見つめ続けた」と「イザベラがこの世に置いていった怒りの熱量を思わせる」でした。

つらく重い話ながらも、オーフェン達が次の世代に託しはじめ、物語の収束を感じました。本当に終わるんですね、寂しいです。寂しいけれど、結末を見逃す気にはなれません。次巻が楽しみです。