【考察】魔術士オーフェンはぐれ旅:魔王術

考察っていうか、情報整理です。いや、考察も含むか…。

魔王術の使用にはなぜ代償が生じるのか

  • 魔王術ではない通常魔術であっても、強大な魔術の行使には体力の消耗が生じる。その規模によっては術者すら消滅する(世界図塔の制御では多数の術者が消滅している)。
  • 魔王術の代償は、偽典構成の精度を上げることで軽減することができる。偽典構成の半分は反動を抑えるための構成であるが、この「反動」は代償を指していると思われる。
  • ダミアン・ルーウは力の節約に長け、存在が不安定な精神士でありながら長期間の存在維持を実現した。このことは、偽典構成を上手く仕組めば、代償が軽くなる点と通じる。
  • オーフェンの推論では、代償は精神化と同種の現象。
  • 精神化によって肉体の束縛や制限から解放されることで、魔術士はより強大な力を手に入れることができる。

これらのことから、代償は魔王術という強大な術を使用するために必要なリソースであると考えられる。
自身の一部を捨て去ることでより強大な術の行使を可能としている。言い方を変えれば、魔王術を行使するためには、自身の一部を捨てなければならないほどの力を必要とするということでもある。

代償はどのようにして選ばれるのか

代償の形は術者によって異なる。
オーフェンに代償が生じない理由として、失うことに意味を感じていないからだという魔王スウェーデンボリーの台詞がある。これは「失うことに意味を感じていれば代償が生じる」ということになる。
「失うことに意味を感じる」は「失いたくないと感じる」と捉えることができる。失ってもかまわないものであれば、失うことに意味は感じないであろう。したがって、術者にとって「代償」は「失いたくないもの」だということになる。

魔王術の制限

魔王術の代償は、しばしば「制限」と表現される。代償が生じるために、術者は魔王術をやりたい放題に使用することができない。
代償は術者にとって「失いたくないもの」なので、そのまま魔王術の制限となるわけである。

しかし、人間やけくそになったら、すべてを投げ捨てることもあるのでは?と思うわけだが、ゆえに魔王術の使用が厳しく限定されているのだろう。誘惑に負けるような意志の弱い者には魔王術の習得は許されないかもしれない。クレイリーなどは自身が重傷を負っても魔王術に頼らない精神力があるゆえに重用されていた。

オーフェンの魔王術

先にも述べたが、魔王スウェーデンボリーの台詞に「君は魔王術の制限がないのではない。分かるか? 失うことに意味を感じていないんだ」というものがある。
代償は術者にとって失うことに意味を感じるものであるが、失うことに意味を感じないオーフェンの魔王術には代償(制限)が生じない。

ひとつ思うこと

失うことに意味を感じないとはどういう意味か。失うことが得意だとはどういう意味か。魔王の言葉からは「本当は失っているが、失っていると感じていない」のだとも推測される。
一方で「打ち勝つとは、必要な犠牲を払った上で前に進むことだ」という最接近領領主の台詞が思い出される。のちに、オーフェンは「必要とあらば殺す者」とも表現されるようになる。
オーフェンは娘を魔術戦士とすることを必要なことだと判断した。オーフェンにとってそれは喪失ではないが、代償のひとつだと言えるのかもしれない。

もうひとつ思うこと(こっちが本筋)

とはいえ、魔王術の代償は、基本的に術の使用後、本人に直接のダメージとして生じる(肉体的ダメージとは限らないが)。その点ではやはりオーフェンには魔王術の代償がないのだと言える。
「制限がないからこその喪失が待つ」という台詞からも、やはり現時点では喪失していないととれる。
《ていうかボリーさんの台詞は解釈が難しいですね。人間種族に理解しやすい説明ができないという彼の欠点が、読者にまで困惑を生じさせr……誰もがオーフェンさんみたいに頭がいいわけじゃないんだからね…_(:3 」∠)_》

魔王術の行使(強大な術の行使)には、力の消耗が発生するはずだが、オーフェンは代償をなしにどうやって魔王術を使っているのか。
魔王術の代償は偽典構成の精度によって軽減できるが、皆無にはできないと述べられている。オーフェンが卓抜した魔王術の使い手であっても、それは同様だと考えられる(そうでなければ、エッジが父親の魔王術に代償が生じないことに疑問や不安を持ったりはしないはずである)。
他の術者とオーフェンの決定的な違いは、魔王の力の所持である。オーフェンは魔王の力という巨大なリソースを抱えている。このため、魔王術の行使による消耗に耐えうると推測できる。

制限がないゆえの喪失

魔王スウェーデンボリーの台詞に「最後には、制限がないからこその喪失が待つ。君は全能の魔王に近づいていく」がある。
「全能の魔王になる」は神化を意味している。神化にいたるには肉体の喪失、精神の喪失が伴う。また、全知全能とは純粋可能性のみの状態であり、全物質が存在しない状態を意味する。この状態になることもあわせて喪失と表現しているのではないだろうか。

現時点で、オーフェンはスウェーデンボリーを封じる規模の魔王術は仕組めないと言っている。女神を倒すことはできないという発言もある。
オーフェンの魔王術はいまだ完全な制御には至っていないのである。伸びしろがあるとも言える。そのため「近づいていく」と表現されている。

魔術構成は世界を書き換える手続きであり、対象の仕組みを理解していなければならない。ドラゴン種族は常世界法則を解析したすえに魔術を手に入れている。魔王スウェーデンボリーは世界を悟るために、精神まで捨て去っている。神化とはまさしく「全知」化である。
オーフェンが魔王スウェーデンボリーを、現世界の調停者を、世界を封じる規模の魔王術を仕組むということは、世界に対して全知になるということである。
つまり、オーフェンが魔王術を極めていくことが、魔王に近づいていくということであると考えられる。

おまけの整理

全知全能←→零知零能
神←→人
神人種族←→巨人種族
精神化←→肉体化
悟りを開く←→知性を失う
???←→全世界質量降臨